堂崎居館

どうさききょかん
  • 名称どうさききょかん
  • 所在地浜松市北区三ケ日町宇志字堂崎
  • 様式その他

浜名小五郎利正が構築した居館

堂崎居館は宇志区の南、猪鼻湖北岸の崎を利用した居館で、北辺を東南に通ずる新姫街道で区切られ、域内の利正院附近に面影を残すのみで他は改変されて跡を留めない。
郭は堂崎の東部起点一帯を曲輪とし、南部に利正院の境内が連っていたと考えられ、現在の新姫街道及び二俣線用地となっているが辺が堀であったと推定される。(ここは元水田であった。)又現在二俣線路南に新設された中学校への通路一帯に東西に土塁が連っていたと考えられる。利正院の東南に水田あり、その西側に現在も土塁の跡あり、郭の南隅に当るか。そして堂崎の南東端には五輪塔6基あり、居館主大屋氏のものと伝えられる。その創始は浜名小五郎利正が康暦2年(1380)構築居住し、応永12年(1405)洪水で崩壊、その後天文年中(1540頃)浜名氏の子孫大屋吉太夫光政修築来住、浜名氏滅亡後天正年中本多百助信俊、子信勝の管理下にあった。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

コメントする

このお城を共有・登録する