陣屋

じんや
  • 名称じんや
  • 俗称・別名御陣屋、御陣山
  • 所在地浜松市西区館山寺町堀江
  • 様式その他

明治時代の初めまで当地を支配していた大沢氏のものと思われる陣屋

堀江城跡の西方、御陣山と呼ぶ丘一帯が、地籍図では「旧陣屋跡」となっており、明治時代の初めまで、大沢氏が支配していた陣屋の跡と思われる。丘の中央部を本丸とすれば、西南の一段低い部分が、二之丸に該当しよう。本丸の北面は、急崖をなすが、これはその北側の羽城(端城)とを分ける大きな空堀のためである。丘の南端には、40×40mほどの平坦な段があり、城とすれば三之丸に当るが、おそらく大沢氏の居館があった所であろう。
館山寺の門前町と、この城館の根小屋とを峻別することは困難であるが、現町並の南端からその東の丘にかけて、社寺にちなむ小字名が残っており、台地上の旧道沿いには、奥に細長い短冊形の地割が並ぶ。
堀江城(佐田城)とこの陣屋跡との関係は明かではない。おそらく、大沢氏入部以後浜名湖の湖上運輸が一層重視されるにいたり、湖上をより良く望見できる、この御陣山に大沢氏が新城を築いたのではあるまいか。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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