庄屋様

しょうやさま
  • 名称しょうやさま
  • 俗称・別名大隅屋敷
  • 所在地浜松市南区新貝
  • 様式その他

近世に庄屋をつとめた大隅家の屋敷

東大寺の遠江国蒲御厨関係文書に、15世紀後半、大角彦左衛門治長という公文の名が登場する。現在の大隅家は、近世に庄屋をつとめた家柄で、市内新貝町には、700年前45町を12の新田名に分け、庄屋が1名を持っていたという伝えがある。大角彦左衛門治長の家系である可能性は高い。
昭和12年(1937)の地籍図では、北辺と西北部に山林、東辺から南辺にかけて畑の表示がされているが、現状では北辺だけが山林で竹を混える。この山林の中に土壘跡のような低い高まりを認める。
東側に1宅地をおいて、古い堤防が残存し、南へ堤防敷が続く。西側にも東北から西南方面へ堤防敷が認められる。また、付近一帯には、「本割」、「六間割」、「四間割」、「三間割」等の小字名が目立つ。新貝(新開)町という町名とともに注目される。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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