志津城

しづじょう
  • 名称しづじょう
  • 俗称・別名新津城
  • 所在地浜松市西区村櫛町筈見
  • 様式平山城

志津三郎が築いたと伝えられる平山城

伝えによれば、志津三郎なる者が築き、正暦元年(990)藤原共資が居住したというが、全く根拠はない。確かな記録では『大日本史料』の「美作伊達文書」に、永正9年(1512)4月、武衛衆、井伊衆、引馬衆により「祢木屋」を焼打ちされたことが知られる。しかし、その根小屋がどこであったかわからない。戦国時代中頃は大沢氏が居城。
明治36年(1903)、村櫛半島先端部の埋立用土砂採取地となり、城跡一帯は切り崩されてしまい、現在記念碑が立つだけである。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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