京丸屋敷

きょうまるやしき
  • 名称きょうまるやしき
  • 所在地浜松市天竜区春野町京丸
  • 様式その他

平家の落人あるいは公卿の子孫など諸説ある京丸藤原氏の屋敷

京丸藤原氏は、平家の落人或いは公卿の子孫、更には本地屋等の説があり、いずれとも断定しかねるが、旧家である事は間違いない。寛文13年5月の小俣京丸村検地帳に名請している「刑部左衛門」がその祖であろう。屋敷2畝10歩は、部落で最大の規模である。京丸分の屋敷の筆数は10筆で、1畝2歩の左太右衛門を除けば、刑部左衛門以外他は全て14歩以下である。
藤原氏の屋敷は、気田川の支流石切川に沿って2km程北上した標高700mの所に所在する。遠州七不思議の一つに数えられている有名な牡丹谷は、屋敷と相対している。現在は1軒しかないが、元は屋敷に接して藤原家新家が2軒あった。検地帳に見える屋敷所在地の比定は出来ないが、恐らくこの近辺であろう。藤原氏は京丸の指導層として、零細な農民を駆使して山稼に従事していた。当時の京丸の耕地は、下茶畑の多いのが目につき(16筆)、下畑(18筆)と略同筆で、反別も僅少ない。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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