片桐屋敷

かたぎりやしき
  • 名称かたぎりやしき
  • 所在地浜松市天竜区佐久間町大井字間庄
  • 様式その他

家康代官として奥山郷を支配していた片桐権右衛門家正の屋敷

片桐権右衛門家正が住んだといわれる。片桐氏は長野県松川町にある船山城の片桐氏の一族で、戦国の時代この地に蟄居したという。
片桐権右衛門家正は慶長の時代奥山郷の家康代官として奥山郷周辺を支配していたことが知れる。文書の初見は慶長7年の神妻神領、明光寺領等の安堵状をはじめ、領家村年貢差出帳がある。この他町内の神社等の棟札にも御代官片桐権右衛門とか、大壇那片桐とかが元和4年ごろまで見ることができる。こうして家康代官を勤めていた片桐氏も徳川頼宜の紀州への移住後しばらくするとその名が見い出せなくなり、紀州へ移住すると伝承されている。それは元和の後半であろうと考えられる。
屋敷は急傾斜な山地をL状に切り取り前に高さ約5mの石垣を積み、東西40m南北93mの屋敷を造っている。屋敷の裏山には片桐氏代々の墓所があり、屋敷直下には遠州と信州を結ぶ信州街道が通っており、土豪の居館として往時をしのぶことができる。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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