欠下城

かけしたじょう
  • 名称かけしたじょう
  • 俗称・別名大菩薩城
  • 所在地浜松市東区有玉西町欠下、城山
  • 様式その他

朝比奈氏が大河内氏と闘った時の記録に見える遺構

城史については、明らかでないが、永正11年(1514)に朝比奈氏が、大河内氏等と闘った時の記事(『宗良手記』大永二年頃)に「大菩薩」という山の名で登場する。以後城として機能したか不明である。
東名高速道路建設工事により、城の一部がこわされることになって、測量および一部発掘調査を実施した。南向き舌状丘陵を空堀で区切り、北辺をL字形の空堀と土壘で守っている。井戸らしい部分も1か所認められた。馬込川縁とは22mの比高があり、急崖をなす。遺構部は「城山」と呼ぶが、ここに大正年間まで神明宮を祀っていた。
城の西側を「大菩薩山」という。また西の平を神明平、城の東側急斜面を神明下、北側を本祠山と呼ぶ。いずれもかって祀られていた神明社の関係地名である。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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