尾上屋敷

おのうえやしき
  • 名称おのうえやしき
  • 所在地浜松市天竜区春野町長蔵寺
  • 様式その他

今川氏の給人で、天野氏の寄子であった尾上氏の屋敷

尾上氏は今川氏の給人で、天野氏の寄子である。しかし、尾上氏の本貫は犬居山中なのか宇苅郷であるのか判らないが、天文10年代には犬居山中に居住していた。永禄12年閏5月徳川家康より、熊切之内牧野・葛沢・田口之内(恐らく田河内の誤り)・堀之内・葛巣(楠子)・気田之内里原の所領安堵を受けている。所領は熊切川に沿って分布し、居館は堀之内にあったろう。但し、堀之内の現地比定は困難である。
尾上氏屋敷跡は塩上の最高所を占め、部落を見下せる位置にあり、生活するにはよい場所である。この尾上氏と中世の尾上氏がどう結び付くのか明かでないが、多少は関係があったろう。
気田方面への街道は、1km程西を通っている。その南西の稜線の一帯を城山と呼んでいる(標高563m)。城山からは、篠嶺城・渡辺屋敷・若身城山等が見渡せ、烽火台以下諸々の施設が構築されていたと考えられる。但し、ここを誰れが掌握していたのか判らないが、尾上氏ではなく天野氏だと推測する。
長蔵寺(塩上・楠子・塩沢)が中世末熊切郷の中核であったと考えられ、宝篋印塔等も散在している。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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