刑部砦

おさかべとりで
  • 名称おさかべとりで
  • 俗称・別名陣ノ平
  • 所在地浜松市北区細江町中川字宿名
  • 様式その他
  • 関連武将武田信玄

三方原合戦直後の武田氏の陣跡

『引佐郡誌』によれば「元亀3年、武田信玄、徳川家康と兵を構へ、三方原の戦が終るや、同年12月23日信玄の陣せし処にして、此年翌天正元年春、三州野田城に向う」とあり、いわゆる浜松城攻防の激戦が展開した三方原合戦直後の武田軍の陣跡である。
気賀から浜松方向へ国道(姫街道)を三方原台地へ登って平坦地に出たところの左側に『史跡』と刻まれた石碑が建ち、近くに墓石が数個放置してある。この付近は字を前山と呼び、1569年堀川城陥落で斬首された首を埋めた円頓寺があったと言われ、前山寺屋敷の名が見える。石碑文は大正13年、当時中川村々長村上太郎氏によるもので、「元亀3年、武田信玄が家康と三方原で戦い、大戦して東三河方面への転進のため、この地に兵馬を休養させた」と記されている。しかし陣ノ平は、この石碑の位置から300mほど南の都田川沖積地が望める標高50mの台地上と考えられる。現在はみかん畑・茶畑で遺構はない。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

コメントする

このお城を共有・登録する