小川砦

おがわとりで
  • 名称おがわとりで
  • 所在地浜松市天竜区小川字松間小字上ノ平
  • 様式その他
  • 関連武将依田信蕃 徳川家康

徳川家康に匿われていた依田信蕃が潜伏していた砦

『芦田記』によると、天正10年3月、武田氏の滅亡に際してその臣依田信蕃は一時徳川家康に匿われて遠州小川村に潜伏したという。その場所が天竜市小川字松間に残る小川砦跡らしく、地元の『小川地誌』(明治27年、溝口昇編)には次のような記載がある。
「字松間ノ後山々頂小字ヌタ山ト称スル平坦ナル麦圃ハ、徳川氏ノ初ニ当リテ、依田某ノ城跡タリシガ、確然タル城郭ニハ非ラズ。僅ニ隠居城位ニ過ギザルガ如シ。今ハ唯陶器等破片ノ散乱スルヲ見ルノミ」。
小川砦は、天竜川と気田川の合流点より気田川沿いに東北へ4km程遡上した字松間の「ヌタ山」山頂に位置して、気田川を天然の外堀とし、且つ「ヌタ山」の急峻で複雑な地形をそのままに利用した要害城である。
現在砦の遺構として主郭跡に土塁、空堀、井戸跡等が残っているが、近世以降に数戸の民家が入植し、ある程度遺構に手を加えたらしく、両者の区別は判然としない。
なお、小川砦から周辺の城郭へは光明城が最も近く(南3km)、直接尾根道でつながっていて、途中に「馬場」「結城ノ谷」等の地名が残っている。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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