今城

いまじろ
  • 名称いまじろ
  • 所在地浜松市北区細江町五日市今城
  • 様式その他

井伊谷三人衆の一人・鈴木三郎兵衛盛房が築いた井伊氏の砦

三岳城を本城とする井伊氏一族の砦群のひとつで、『引佐郡誌』には井伊谷三人衆の一人、鈴木三郎兵衛盛房の築城とある。また、『中川村郷土誌』によれば、井伊谷城の斥候城として築かれ、岡弥次郎直藤、子美濃守直春、孫近将良藤らが在住したと言われる。興国元年1月(1340)の三岳落城のころ今城も陥ちたと考えられる。
五日市の北端、標高15~10mの舌状台地上を今城と言う。西・北・東の三方を蛇行する井伊谷川に削られ、急な深い崖によって画された自然要害の地である。現在は全域が平坦なみかん畑となり、今城という小字名以外は遺構も全く残っていない。しかし、かつては東側の急崖縁に沿って高さ約1.5mほどの土塁や、南側には東西方向に空堀らしき凹地が残存していたと言う。その規模は東西100m・南北150mほどの範囲である。
今城の北方約2kmには井伊谷城、東北方約1~2kmには谷津・上野の砦が存在している。都田川の沖積地と井伊谷~金指の三信街道・奥山道など宮口・気賀街道など、東西南北の陸路を一望にする位置である。三岳・上野・谷津・今城と尾根を結んだ孤の中心に井伊谷城が存在することから考えて、南側から井伊谷の井伊氏本拠へ迫る入口に築かれた砦と言えよう。また東方300mに存在する標高75mの稲荷山は付近で最も高く、物見台的役割を果していたと思われる。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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