境目城

さかいめじょう
  • 名称さかいめじょう
  • 俗称・別名吉美城、延兼山城
  • 所在地湖西市吉美字川尻
  • 様式平山城
  • 関連武将今川氏真 徳川家康

家康の遠江進出阻止のため、今川氏が築いた前衛基地の1つ

永禄10年(1567)三河の地を失なった今川氏が家康の遠州進出を阻止せんとして、三遠の国境である吉美の妙立寺を接収して、兵を留めて曳馬城の前衛基地の一つとしたものである。しかし、永禄11年徳川方の酒井忠次勢によって攻略され落城した。
延兼山妙立寺は湖西市川尻の丘陵先端部が沖積地に接する標高15mの丘陵上に位置していた。永禄10年今川氏真が妙立寺に宛た「妙立寺改替え事」の判物には、山内の脇坊14坊とあり、この地を今川氏が城郭として取り立て、益田信濃守、水野惣兵衛の両人を普請奉行として築城したものである。明治19年東海道本線施設にあたって、その用土として取崩し、現在はその大部分が畑、宅地となり、南西部の一部が当時の面影をとどめているのみである。
朝比奈氏の守る宇津山城とは近距離にあり、徳川氏に対する軍事的補強をするための城であった。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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