堤城

つつみじょう
  • 名称つつみじょう
  • 俗称・別名城山、堤城
  • 所在地菊川市下平川字城山
  • 様式平城
  • 関連武将松井右衛門尉信薫

今川氏親の臣・松井右衛門尉信薫が守ったとされる城

小笠郡誌によると、城山は昔は堤の城といい、今川氏親の臣松井右衛門尉信薫が城を守ったが、永正11年二俣の城に移封されたとある。松井氏は二俣氏と共に、横地の家老職として古くから関係があったものと思われるが、築城の時期は不明で、横地の支城として明応・文亀の頃という説もあり、永正初年頃ともいわれる。牛渕川の氾濫から田畑を守り、水利を考えたので、その名「堤」が起ったものであろうか。北東にある笛吹の堤池より周濠状に城下を通し(内堀を兼ねる)南に引込んでいる。標高36.4m、独立丘状になるよう東細尾根を二重堀切として、東丘陵との縁を切る。
城の登り坂の両側は中腹の平坦部まで土塁が続き、右折して急坂を登ると頂上の平地に出る。南麓に段構があり(前面堀状の凹地)、松井信薫の五輪の供養塔2基があり、居跡と推定される。城山の東の丘陵南端に春日社があり、この西側に古井戸がある。社の東、即ち丘陵の南麓が小字「追手屋敷」で、ここから北に向って登る小路がある(大手道?)。頂上にかなりの平地があり(千畳敷?)これより東の尾根に堀切が2カ所見られるが、東の堀切は相良街道を兼ねている。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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