高橋城山

たかはしじょうやま
  • 名称たかはしじょうやま
  • 俗称・別名城平、最勝寺、天ヶ谷城
  • 所在地菊川市高橋字一の井、御前崎市新野字天ヶ谷
  • 様式山城

当地の地頭・高橋左近将監に関係すると思われる城

菊川市高橋一の井、佐栗谷(通称最勝寺)と、御前崎市上組天ケ谷、中尾、西ノ谷の尾根境にあって、両町にまたがり、浜岡では通称を城山、城平と云う。牧の原からの支脈の尾根が、小笠、浜岡両町の平野部を東西に切断する位置にあるので、双方を結ぶ古道は、この尾根を横断して通じており、交通上重要な地点である。
城史についての史料はなく、天文14年、今川義元が竜源寺に宛てた文書に、この地の地頭高橋左近将監の名があり、この城に関係があると考えられている。
海抜63mで、大別して南北の2郭に別れ、北郭は雑木と山林、南郭は雑木と茶園となっている。南郭は三角形の平坦地で、頂上の三方がそれぞれの尾根に通じるので、堀切を施し内側に土塁跡がみられる。北郭に通じる尾根上に段構があり、さらに東にのびる支尾根も3カ所堀切る。北郭の標高は南と同じで、この北側に略東西の方向に大規模な堀割が2本ある。この内南の堀割の中を古道が通じている。北郭周囲は土塁を巡らし、西下の曲輪も又、周囲の土塁がよく残っている。さらに西下の2本に平行した空濠があり、この間に3段の段付を施す。尚、水の手は北郭内の南寄りに井戸を持つ。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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