上ヶ城

うえがじょう
  • 名称うえがじょう
  • 所在地菊川市小出字上ヶ城
  • 様式平山城

菊川平野に突き出した丘陵上にあり、横地氏の支城といわれている城

標高45.8m、比高約26mの菊川平野に突出した丘陵上にある。北側から西側にかけて菊川が流れ、断崖をつくる。横地氏の支城ともいわれるが、城史不明。
城山は東北部の細尾根を堀切って、北東丘陵と縁を切る。井口といい昔はここから菊川の水を汲上げ、条里遺構である南東1の坪、中の坪等へ灌漑をしていた。井口から1の坪までの谷を堀田という。又、30度ばかり磁北を西に振ったこの見透し線が菊川流域の条里の南北線に当り、里の境と推定され、西側が加茂領、東が現在もほぼ半済地内で、昔は本所領とも考えられる。現在では井口より西側の小出部落が加茂村に入り込んだ形となっており、又、丘陵つづきに南西に張り出した低い河成段丘(比高5m)上に、加茂の古宮があって布目瓦が散在する。又、丘の西べりに土塁が残る。城山は旧加茂領に喰い込む形で加茂境に接しているわけであるが、江戸末期まで行われていた「井口」の灌漑用水の管理としての意義を考える必要があろう。
城山の遺構は明確なものは見当らない。墓地が主郭(物見台)と考えられ、西下段の北へりに、催かに土塁状の高まりがあり、この北6m程降って下段があり、その先は菊川の断崖となる。井口の丸山(灌漑用のヤグラ組みの場)は現在消滅、丘陵西端に屋敷跡と思われる段が認められる。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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