赤峯

あかみね
  • 名称あかみね
  • 俗称・別名百合切
  • 所在地菊川市東横地字赤峯
  • 様式その他

地震による地割れを利用して築かれた砦

赤峯の百合切はのろし台の跡と伝え、岳南史には、赤峯小太郎が横地の家来として名が出ている。今川義忠が横地城を落し、凱旋の帰路を通ったと思われる古道が、この砦の東を通っている。
百合切は地震による地割から起きた通称で、小字赤峯の内にあり、西を小太郎、真下の谷を黒(クロ)三(ゾウ)沢(ザワ)という。地割を利用した砦で、堀切った木戸口を境として、大きく北東部(海抜98.6m)と南西部(96.8)に分けられる。
南西に突出した3カ所の支尾根は、段構と堀切を付け、北西に2カ所突出した支尾根は堀切の幅10m、深さも5m以上もあるので地割を利用して人工を施したものと思われる。北、南の郭を分離する堀切に対して十字型に交って東西に走る堀切は地割利用のもので、この南に地割利用の空堀が平行してあり、この南に土塁を設けている。
峠を南に越えて丹野部落に入ると、麓に石川厚氏の宅がある。昔から通称を赤峯という。
又、赤峯は近年まで「長溝部落」(三光寺の麓の部落)の人達の所有であった。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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