安威砦

やすたけとりで
  • 名称やすたけとりで
  • 所在地掛川市下土方
  • 様式山城
  • 関連武将徳川家康 大須賀康高

徳川家康が高天神城包囲の本陣とした城砦

『横須賀根元記』によると、天正7年徳川家康が高天神城包囲6砦の他に土方丸ノ内に大須賀康高の持口としての砦を構築した事が記載され、又、家康は同砦を本陣したという。
本砦は高天神城の東、標高73.3mの太鼓山を主郭とし東西に伸びる尾根添に構築されている。
特に太鼓山東嶺は火ケ峯砦の持口と接する。尾根添西側59.5mの青谷山は青谷口からの虎口部に当り、山麓から谷間を経て袖尾根に登る鞍部に喰違いの土塁を階段的に設けてあり、青谷山櫓台袖部に接し空堀と一体となる。この空堀は東面にある。青谷の谷懐も階段的に踊場を設け防禦されている。尾根部の東西にかけ土塁を設け、内側に武者走を併設、各櫓台に連結され、特に太鼓山北添、能ケ坂連絡路に高土塁がある。中方近江ケ谷、谷懐に溜池を配す。山腹、山麓にかけ波状階段式曲輪を設け、突部は折屏風、三角突形式曲輪を混え構築されている。
本砦は東側に火ケ峯砦、西側に惣勢山砦に接する。本砦の構成も高天神城と同一の縄張で設計構築されている。附近に「いもじ川」という川があり「イモノシ」が転じたといわれ、又、丸ノ内という地名がある。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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