松原城

まつばらじょう
  • 名称まつばらじょう
  • 所在地掛川市大野
  • 様式山城
  • 関連武将河合成信 勝間田播磨守 鶴見因幡守

宮沢山の最頂部に主郭を築き、周囲に延びた尾根上に諸曲輪を配した山城

明応5年(1496)松葉城は勝間田、鶴見両氏に攻められ落城し、城主河合成信は自刃している。
粟ケ岳の麓を源とする逆川が大野地区で台地が東に突き出ているため大きく屈曲して流れている。松原城はこの突き出た台地上に築造されている。居館と北西の宮沢山を主郭として尾根上に配置している諸曲輪から成り、主郭から南にのびる尾根先端部に大堀切を設け主郭と居館を分断し、それぞれ独立した構である。
主郭は標高130mの宮沢山の最頂部につくられ、周囲にのびた尾根上に諸曲輪を配置している。
居館は、屈曲して流れる逆川の断崖絶壁上につくられ、自然地形を利用した堅固な館である。規模は南北85m、東西60mの規模で、周囲に高さ1.5mから2m、幅3mの土居が囲らされている。土居の遺存状態は西側・北側の一部を除いて良好である。居館の南側2m下にも曲輪が造られているが畑地となり変形している。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

コメントする

このお城を共有・登録する