土方氏館

ひじかたしやかた
  • 名称ひじかたしやかた
  • 所在地掛川市下土方
  • 様式その他
  • 関連武将山内一豊

城飼郡土形郷を本拠とした古代豪族・土方氏の居館

土方(土形)氏は、城飼郡土形郷を本居とした古代豪族で、その氏は古事記、万葉集に出て来る。土方氏系図によると、一族は立郡以来鎌倉時代に至るまで郡司や在庁官人を務め、のち今川氏の被官となり、今川氏滅亡後、山内一豊に従って土佐に移った。
『吾妻鏡』によれば、横地氏と共にその名が書かれている。土方氏系図によると郡司判官代に土方兵衛浄茂が任ぜられ、兄、浄直が右衛門少尉に、その子直宗が土方新太夫城飼郡神嶺使にそれぞれ任命されている。建久年間始めて高天神城の祖、土方太郎直久右近将監の名がみえる。土方氏館はその地名よりみると、この堀之内、公文字周辺を中心として築かれていたと思われる。
館跡は掛川大須賀線の小笠橋西側、小笠山丘陵尾根の舌状突端の平地で、現在外堀、かごの鼻という屋号の家がある。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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