火ヶ峰砦

ひがみねとりで
  • 名称ひがみねとりで
  • 所在地掛川市西之谷、中方
  • 様式山城
  • 築城年天正8年(1580)
  • 関連武将徳川家康 大須賀康高

高天神城を包囲した六砦の一つで、正面500mに位置する最大級の砦

本砦は天正8年6月、徳川家康高天神城包囲の為築いた6砦の一つで、大須賀康高の持口といわれている。
中方と岩滑、土方の境に接する標高65.8mの山頂を主郭とし、放射線状に伸びる尾根及び山腹、山麓にまたがる。山頂主郭は60㎡程度削平された櫓台で、円形外周部に高さ0.7m、幅1.0m程度の低土居を設け、主郭は逆台形に整形、両櫓台と接する鞍部は切堀で囲まれている。尾根添の南北各櫓台に接続する虎口は遮蔽土居添に幅2.0m程度で、各尾根の櫓台に連結されている。特に南面、田ケ谷砦に接する山腹及び山麓に向け、波状の階段式曲輪を多く用いている。陣館は谷懐に多いが、火ケ峯の場合、櫓台下に300~800㎡程度の武者溜が多くみられる。
本砦は安威砦と西ノ谷砦、田ケ谷砦と接する交点にあり、高天神城の正面500mに位置する最大級の砦である。構築法は本城附随の城郭形式と同法である。谷懐に毛森奥池、西ノ谷池、近江ケ池を配し要害城を形成している。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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