番所ノ段城

ばんじょのだんじょう
  • 名称ばんじょのだんじょう
  • 所在地掛川市大渕
  • 様式山城
  • 関連武将武田勝頼

高天神城萩原口防御の第一線の番手の城

天正6年11月3日武田勝頼、高天神城へ入城するが、その前家康と横須賀入江で対陣、勝頼は当時、東大谷犬待坂で小返の合戦をし、萩原峠越しに高天神城に入る。以上『高天神城戦史』に依るが、萩原口の防備として東大谷入口に番手を設けたといわれている。
主郭は40×50m正方形に近く、前面に石積が残されている。西側下段郭は、囲りを土塁及び空堀で囲む。当遺構は部分的に残っているが、消滅前、東側は高土居に囲まれた城館跡があり、更にこれが北側に伸びていたという。また東側山腹前に添って段曲輪の遺構がみられるが、土取りにより大半消滅している。
本附近を犬待坂といい、高天神城兵が待伏せて徳川方と戦った事からこの地名になったという。また天正年代は7軒程度の家屋しかなかったと伝えられ、萩原峠入口附近に酒屋の屋敷という地名が残る。本番所の段は、室町末期の高天神城萩原口防禦の第一線の番手の城とみられる。位置的に良好な城塞としての活用が大いに発揮される城である。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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