原川大和守屋敷

はらがわやまとのかみやしき
  • 名称はらがわやまとのかみやしき
  • 所在地掛川市高瀬
  • 様式その他
  • 関連武将今川氏真 原川大和守 朝比奈康朝

掛川城主朝比奈泰朝と共に家康群と戦った原川大和守の屋敷

永禄12年今川氏真は、掛川城主朝比奈備中守泰朝をたより籠城、この時掛川原川城城主原川大和守兄弟も朝比奈泰朝と共に家康軍と戦ったが、結局和を結び永禄13年5月今川氏真は掛塚より北篠氏に依って落延びるが、原川兄弟は城東郡高瀬の石川与一右ヱ門を頼って隠棲したと伝えられている。
県道掛川大須賀線井崎交叉点より北東、舌状台地上にある、南北に70m、東西40~50mの郭となり、東側袖武に幅10mの帯曲輪を設けてある。西側の袖部及び南先端部は宅地化されて遺構はくずされている。
原川大和守の長女が石川権之守へ嫁し、その縁故により一族は高瀬に隠棲した。大和守、その夫人及び弟原川讃岐入道の位牌は高瀬八相寺にある。広尾の段が大和守の住居跡として今に伝わっている。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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