能ヶ坂砦

のがさかとりで
  • 名称のがさかとりで
  • 所在地掛川市小貫
  • 様式山城
  • 関連武将本多豊後守

家康が高天神城包囲のために築かせた高天神六砦の一つ

天正8年6月、徳川家康高天神城包囲の為、山頂に砦を築き本多豊後守の持口とした高天神6砦の一つであるという。
高天神城より東1.5km掛川大須賀線の小貫部落と土方部落の境、北側及び南側の山頂、山麓に掛けて存在する。
山頂を2つの主郭とし、山腹及び山麓にかけて波状の階段式曲輪で構成、陣館は山腹及び山麓の谷間にあり、東側平地部小貫川添を沼堀としている。山頂部の鞍部に低土塁を設け、防禦上の城郭形成となっている。
本砦は北側に宇峠城がある。南側は火ケ峯砦へと尾根添に幅5~7mの連絡用武者走があり、相互に連結されている。旧街道は馬場の谷から高瀬へ抜け掛川城、又、菊川七曲を抜け相良へ抜ける。その他本砦の砦ケ谷より岩滑城山に抜け菊川へと通ずる街道がある。本砦東側小貫部落に小笠原惣兵衛の長子、玄藩義時を埋葬した意正院がある。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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