高瀬城山

たかせじょうやま
  • 名称たかせじょうやま
  • 所在地掛川市高瀬
  • 様式平山城

駒形山を主軸として築かれた山城

『文安元甲子2日、小笠原美濃守義正(馬伏塚城主)地域調書古図』によると「佐塚太郎定改ニヨリ、御免除有。佐塚七郎右役所中」とある。
県道掛川大須賀線高瀬バス停西側の丘陵及び山地部にあり小貫駒形までの区域で、標高66.6mの駒形山を主軸とし山頂添に虎口で連結されている。高瀬込堂に館を構築、背西山頂部に小郭を配す。猫ノ谷山尾根添に武者走を設け、各櫓台と結び先端部に達する。高瀬井戸ケ谷尾根部に土塁あり、駒形山主郭は約300㎡程度の削平された櫓郭となり、前後に帯曲輪をもつ。
本城は岩滑城山(城台ケ山城)と同期のものと推察できる。旧鎌倉往還は、小貫宇峠より天白峯に抜け、この高瀬城山北側の千京坂より菊川加茂に抜けており、重要な街道となっていた。附近に八相寺館跡がある。同館も同期の構築形式を取っている。同館跡に八相寺がある。また境内に足利持氏の3人目の娘の墓及び家臣の墓がある。禅秀の乱に敗れた持氏は家臣大沢権太夫に命じ娘をひそかに小尾の谷に隠棲させた。現在猿田彦神社は持氏の娘を祭る。その他、新福寺跡、猫ノ谷(根古屋)、井戸ケ谷、矢ノ山、矢羽根という地名あり。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

コメントする

このお城を共有・登録する