斎藤宗林屋敷

さいとうそうりんやしき
  • 名称さいとうそうりんやしき
  • 所在地掛川市中
  • 様式その他
  • 関連武将斎藤宗林

高天神城下の下方村・内田・岩滑村を知行していた斉藤宗林の屋敷

宗林は、天正2年6月高天神城開城の役まで御前曲輪の主将とし戦う。宗林は城下の下方村及び内田、岩滑村を知行し2千石を領していた。下方吉長山満勝寺の隣に住していた。
雑賀氏館跡を利用したと思われる。即ち中村城山と吉長山の懐谷にあり、前面を入江で囲む、居館前側より陣街道の起点兵引坂に接する位置にある。附近に妻女の墓が現存している。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

コメントする

このお城を共有・登録する