倉真城

くらみじょう
  • 名称くらみじょう
  • 俗称・別名松浦氏古城
  • 所在地掛川市倉真
  • 様式山城
  • 関連武将松浦兵庫助

戦乱の中、城主松浦兵庫助が自刃した古城

倉真城は城主松浦兵庫助は『世楽院略記』には明応6年(1497)11月戦乱の城内で自刃す」とみえる。
城は標高80mの尾根の最頂部の世楽院境内を主郭として、他の二つに南北にのびる尾根上と東側へ50m離れた独立丘から成っている。主郭は上段と下段に築造されている。主郭の西側から南側にかけて堀が巡らされ、北側は谷となっている。二ノ曲輪は主郭の東南側にのびる尾根上に造られ、西側に腰曲輪を設けている。西曲輪は堀の西側に位置し南北に長く曲輪が配置されている。二ノ曲輪の東方の独立丘も城跡であり、『掛川誌稿』には「里在家と云所に長さ二丁許の孤山あり、松浦兵庫助の古城なりと云う…」とみえるところである。いずれも畑地となり変形している。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

コメントする

このお城を共有・登録する