国安屋敷

くにやすやしき
  • 名称くにやすやしき
  • 俗称・別名鍛冶屋敷
  • 所在地掛川市国安
  • 様式その他

今川初期に定住した刀鍛冶の屋敷

『小笠郡誌』によると、「国包の東南に向って国安の鍜冶屋敷がある。其の北部旧成行村の内に大屋敷という地名がある。殿ノ前と云う地名あり」と記載されている。
国安館跡の西側地続を言う。現在北側に低土塁が残るが大部分は消滅している。
武田勝頼が陣を布した国安館と接する事をみると、国安鍜冶屋敷は今川初期に定住した形跡がみられる。これは高天神兼明と同様に今川氏により武器生産隊の集団刀工者、或は農鍜冶を必要とした事と、同地が砂鉄等の採取地であった事による。現在附近に大屋敷の地名があるのは、これら武器生産隊の取締所でもあったか、かなり広い範囲にタタラ製鉄よりできた鉄滓が分布している。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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