国安館

くにやすやかた
  • 名称くにやすやかた
  • 所在地掛川市国安
  • 様式その他
  • 関連武将武田勝頼

鎌倉の武将・久能三郎ヱ門高義が幕府滅亡後、落延びて隠棲した屋敷

『高天神城戦史』によると、「武田勝頼が屢々出張した陣地ならんと云う」と記載されている。
高天神城より東南5.0kmの国道旧150号線北側、旧成行村の砂丘に位置し、現在そのほとんどが農業構造改善事業及び工場、宅地により消滅しているが、一部殿ノ前に残されている。200m×50mの館、3郭、土塁、高1.0~2.0m、幅2.0m、延長150m、中間地点に堀跡あり、単郭を等区画として複郭形式を取っている。
本館附近を殿ノ前といい、鎌倉の武将、久能三郎左ヱ門高義(一説に北条氏関係ともいう)が幕府滅亡後、落ち伸び隠棲した屋敷跡という。附近に国包、国安の刀鍜冶屋敷跡と云われる所がある。附近には平安期からの製塩及び製鉄、その他登窯跡がみられる。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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