金丸山砦

かなまるやまとりで
  • 名称かなまるやまとりで
  • 俗称・別名金丸山ノ附城、金丸山古墟
  • 所在地掛川市長谷
  • 様式山城
  • 関連武将朝比奈泰朝 今川氏真 徳川家康

掛川城に逃れた今川氏真との戦いに備え、徳川家康が築いた附城

永禄11年(1568)から12年にかけて朝比奈備中守泰朝の守る掛川城に逃れた今川氏真との戦いに備えるため徳川家康築造した。『武徳編年集成』永禄11年極月条には「金丸山ノ附城ニハ本丸ニ久野宗能同二ノ丸ニ同佐渡宗憲、本間五郎兵衛長秀ヲ籠置ル」とみえる。
砦は逆川と倉真川とが合流する左岸で、小笠山山系から北へのびる尾根の一つで、標高48mの山麓山の頂部と東側の谷を隔てた金丸山一帯に曲輪を配置している。主尾根は堀切によって主郭と他の曲輪を分断している。主郭は南側を堀切を設け地形的弱点を補ない、北側は北西側に帯状曲輪へと続いている。主郭の東側南寄りに土居が築かれ、東南部東側に虎口を設け、階段状に曲輪を配置している。二ノ曲輪は帯状曲輪北側の堀切を隔てゝ2段に曲輪を配置し、東側にも階段状に帯曲輪を設けている。遺構は土地区画整理事業により昭和50年消滅した。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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