青田山砦

あおたやまとりで
  • 名称あおたやまとりで
  • 俗称・別名陣馬峠、陣馬嶺、青田嶺
  • 所在地掛川市板沢
  • 様式山城
  • 関連武将朝比奈泰朝 今川氏真 徳川家康

今川氏真が逃げ込んだ掛川城を攻めるため、周辺に築かれた附城の1つ

青田山砦は永禄11年(1568)朝比奈備中守泰朝の守る掛川城に逃れた今川氏真を攻めるため、徳川家康が掛川城周辺に築いた附城の一つである。『武徳編年集成』永禄11年極月条には「青田山ノ附城ニハ形原福釜竹谷東条ノ松平家人」とみえる。その後天正2年(1574)の高天神城の戦いにも使用したところである。
砦は小笠山系の一つで、枝状に発達した溺れ谷を形成しながら東西にのびる標高108mの尾根の最頂部を主郭として、いくつかの曲輪と大堀切とからなっている。
主郭は谷を堀削した大堀切を挟んで西曲輪と東曲輪に分断し、独立した構えとなっている。西曲輪は東西40m、南北20mの規模である。曲輪から南へのびる尾根上に物見台を配置している。東曲輪は東西30m、南北40mの規模である。東曲輪から大堀切に沿った尾根上と、東曲輪の北東部から北へのびる尾根上にいくつかの曲輪を配置している。堀切は西曲輪と東曲輪の中央に位置し、急峻な谷を堀削して造られ、堀の両端は枡型に築造している。砦からは掛川城など一望のもとに俯瞰できる。東曲輪から北へ尾根づたいに0.6km行くと杉谷城である。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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