三箇野台

みかのだい
  • 名称みかのだい
  • 所在地磐田市三ヶ野字幸度ヶ谷
  • 様式その他
  • 関連武将本多忠勝 内藤信成

徳川軍の先鋒が武田軍の情勢を展望した物見台

元亀3年(1572)10月、遠江侵攻の武田軍が袋井・見付間の木原・西島に陣した際、徳川軍の先峰本多忠勝・内藤信成らが武田軍の情勢を展望した物見台である。
磐田原台地東縁、旧東海道南の三ケ野坂上標高38mの台地上に位置する。遺構は東西21m、南北23のほぼ円型の平坦部(上段)とその西から南に2m低く、幅6mの小平坦部がめぐっている。上段北に大日堂一宇と西に五輪塔残欠が数点存する。西へ幅8mの道が通り、鎌田薬師道に至り、物見台の西端より35m西の付近から台地下へ抜ける幅2~3mの旧東海道が物見台の北から南にめぐっている。
戦国末期、徳川方の物見台として機能を有した。物見台の直下を旧東海道が通り、太田川流域と、袋井・小笠山・高天神・浅羽方面を一望できる絶好の地理的条件にある。関連地名に幸度ケ谷がある。『遠江国風土記伝』に、「三ケ野台…大[字不明(*瓦に長)]神社の旧跡か、念仏堂一宇在り」とある。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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