中泉代官所

なかいずみだいかんしょ
  • 名称なかいずみだいかんしょ
  • 俗称・別名中泉陣屋
  • 所在地磐田市中泉字御殿
  • 様式その他

遠江および駿河・三河・甲斐の一部まで支配した代官陣屋

創築について、『中泉町誌』収録文書に、「御殿御造立之御掛御代官伊奈熊蔵様、天正十八年(1590)…堀尾帯刀様御支配之節御陣屋始メテ御建立」とある。天保2年(1831)火災焼失後再建され、安政大地震で全壊し、代官所としての廃止は慶応4年(1868)3月である。
磐田原台地南の中泉丘陵南先端部、標高3~5mの平坦地で、東海道線磐田駅の南、中泉御殿の東北に隣接する。遺構は陣屋敷地内南に泉水池、東南辺沿いの水路のみを残し、他は市街地のため消滅している。
初期の建築規模は不明であるが、敷地総坪数3,750坪(『中泉町誌』)と、文久2年(1862)の『中泉御陣屋絵図』により、本陣、長屋(4棟)、門の総建坪471坪の規模である。天正18年8月、家康の関東転封にともない、豊臣系の大名堀尾吉晴の支配下に置かれたが、幕府開設後、天領支配の代官陣屋となり遠江および駿河・三河・甲斐の一部まで支配した。代官所表門は市内新島に移転し現存する。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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