高梨屋敷

たかなしやしき
  • 名称たかなしやしき
  • 所在地磐田市加茂字城屋敷
  • 様式その他

肥沃な沖積平野に位置していたとされる屋敷跡

城史については不明であるが、『遠江国風土記伝』所収「熙庵遺書中の古証文の写」に寛正6年(1465)6月9日、管領畠山尾張守政長の奉書として、「高梨弥太郎退治事先度被成御教書畢…」とあり、また「高梨信濃塚…高梨は信濃国小縣郡高梨村を氏と為す、郷人曰く、昔高梨氏住す、今城屋敷と号すと…」と見えるが詳細は未詳である。
天竜川東の沖積平野、現豊田町大字加茂東地内の旧字馬場付近に位置したと推定されるが、遺構の存在は確認できない。
『遠江国風土記伝』に、「賀茂郷…旧号は高梨村なり」とあり、高梨屋敷との関連をうかがわせる。現在の城屋敷と呼ばれる所に、かつて高梨弥太郎(信濃守)を祀ったといわれる高梨神社が存したという。また、城屋敷付近は戦国末期の加茂砦の推定位置でもある。西に天竜川を控え、東に二俣街道、南に旧東海道が通る交通の要所であり、周辺の肥沃な沖積平野は領主支配に適した土地でもある。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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