秋鹿屋敷

あいかやしき
  • 名称あいかやしき
  • 所在地磐田市中泉字奥久保
  • 様式その他

中泉府八幡宮の神主・秋鹿氏の屋敷

中泉府八幡宮神主秋鹿氏の天正以降の屋敷である。『秋鹿家文書』に、天正元年(1573)「為御殿他中泉郷住地献上仕、為代地当時之屋舗拝領仕」とあり、徳川家康に仕えた秋鹿家15代直朝の時、家康の御殿造立に際し中泉御殿の屋敷を献上し、久保村の屋敷に移転している。天正18年(1590)直朝は家康の関東転封に供奉し、慶長5年(1600)中泉に帰郷して「近村御代官」となり、同8年八幡宮社領250石を与えられた。以後代々、明治初年まで同社神主を勤め、久保村の屋敷に住した。
磐田原台地南の中泉丘陵南部、標高6~13mの緩斜面に位置し、南は旧東海道、東は久保川に接する。遺構は敷地南の庭園(扇子池)の一部を残し、他は市街地のため消滅。
江戸初、前期に天竜川西筋代官、船明山御槫木奉行など駿遠三所々に総高7万2千石を領した秋鹿氏の代官屋敷でもある。『磐田市誌』掲載の中泉村絵図写に、敷地東に正門、中央北寄りに主屋、南に庭園が見える。

上記は「静岡県の中世城館跡」(1981年・静岡県教育委員会発行)をベースに、
2010年8月現在確認がとれた情報について、加筆・修正を施し作成しています。

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